大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

仙台高等裁判所 昭和24年(を)1号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

主文

原判決を破毀し、本件を青森地方裁判所に差戻す。

理由

弁護人内野房吉の控訴趣意は別紙の通りである。

その第二点について

刑の量定に当つては、単に犯罪の内容を検討するばかりでなく被告人の性格、年齢、経歴、境遇、犯行の動機犯行後の情状等諸般の事情を考量しなければならないことは勿論であつて、もし、これらの事情を大部分を無視して量刑するならば之は法律上不当な量刑といわなければならない。いま本件について見ると、原審は被告人に対して、懲役十月及び罰金二千円の刑を言渡したのであるが、記録によると、原審は、事案の審理としては、被告人の人定訊問と、公訴事実そのものについての取調を行つたに止り、被告人の教育程度、経歴、家庭、資産、生活の状況、本件犯行の動機、本件賍物の処分、それに因る利得如何等の点については、何等触れる所のなかつたことが明白である。(これらの点については、検察官及び被告人弁護は、特に主張も立証もせず、他の点の立証に供せられた証拠中にもこれを明らかにし得る資料がないばかりでなく、裁判所が事実又は立証について釈明を行い、又は職権で証拠調を行つたことも認められない)。果して、然らば、原判決は右列記の諸事情を全然考量しないで量刑したものと解するの外はなく、又は前記のような理由で不当な量刑であるといわなければならない。論旨が原審の量刑不当を主張するところは右と稍々趣を異にするけれども結局理由があることになる。原判決は破毀を免れない。

よつて、その他の論旨に対する判断は省略し、刑事訴訟法第四百条に則り主文の通り判決する。

控訴趣意書

被告人 大西進

一、省略(事実誤認の主張)

二、原判決は刑の量定不当である。

仮に知情の点は原判決認定の通りであるとしても実刑を科すべき案件でないと信ずる。

(1) 被告人と楠美とは同類でないこと。

被告人と楠美と知合つたのは極く最近である。

被告人の父久登は三十六歳母なみは三十二歳で死亡し八歳のとき宿屋業を青森市に営む祖父母に引取られ十二歳のときから市内鈴木穀店へ二年間、松井漬物店へ三年間奉公したが十八歳のとき列車食堂のボーイとなり勤務中青森造船所へ徴用せられ二十一歳三ケ月の教育召集を終えやがて弘前十六部隊へ入隊し終戦まで軍隊生活を為し復員後前記祖母の家へ同居したが現在祖母は死去して妻子と四人家族で此家屋(罹災後のもの)に居住し円満な家庭生活を営んでいるが随分苦労もしている。

被告人は乏しいながら家屋を所有し林檎行商、日用物資のブローカーなどして生活を維持している。

被告人は列車ボーイをしたことと軍隊生活をしたことがあるので明るい性格のうちに又きびきびした性格を持つている。立派な妻君を持つて居り日常泥棒等を出入さして其の盗品を商売して利得するような変質的性格は些かも持つていない。そして善悪の判断を失う程良心は腐つていない。楠美を泥棒と見込んで短かい交際ではあるが交際したのではない。同じブローカー仲間としてつき合つていたのである。

唯被告人は往々他のブローカーが背負い込んで来る日用物資を売捌くことがあるので泥棒仲間と間違いられただろうが被告人は非常に残念がつている。

楠美を泥棒と思わず可憐なブローカーとして数回出入りさした所に原因があり此の点心から其の軽率を懺悔している。

(2) 再犯の虞れは絶対ない。

被告人は賭博罪で罰金に処せられた事はあるが今は真面目な青年で怠け者ではない。可愛い女房や子供のためよく働いているので生活が安定し決して再犯の心配はない。

(3) 被告人は懺悔している。

被告人は前叙の嫌疑で未決に収容せられ裁判を受ける身となつた自分の姿を反省し後悔し妻子に対し手を合せて懺悔している。被告人を刑務所へ隔離して教育せねばならぬ程のことでもないと信ずる。刑務所は初犯(刑務所の未決収容は今回が初めだから敢てこう申したい)の青年を善良に復帰せしめるためよい環境を持つた場所とは云え得ないことは云うまでもない。要は良心の問題であり懺悔の問題である。被告人を救う道は此の時をおいて他にないと信ずる。

(4) 本件は悪質の犯行ではない。

被告人は楠美喜太郎の弁にマンマと乗せられたに過ぎない。本件四回の回数は悪質を断ずる資料とはならない。

(5) 被告人に対する実刑は家族を路頭に迷わせるのみならず被告人を自暴自棄に陥入らしめる。

被告人は乏しい利潤の中から生活費を稼ぎ妻子三名を扶養している。所謂一家の大黒柱である。

大黒柱を失うことは一家を破滅に陥入ることとなり他に財産のない家族三名は路頭に迷うこととなるばかりでなく、青春の血は反動的結果を招来する。

叙上の諸事情は被告人を再生させ善良な日本人に復帰せしめる情状だと信ずる。

従つて原判決は正当な量刑でなかつたと思われる。

叙上の次第で本件は体刑に執行猶予を附すべき案件であると確信する。今や被告人を救うの道は御庁の温かい御裁判以外にはない。所謂被告人の運命は御庁の御裁判によつて決定づけられるものと信ずる。

敢て御庁裁判官の温情にすがる所以である。

昭和二十四年三月十三日

右弁護人

弁護士 内野房吉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例